高分子-ミクロの世界-

セルロースやキチンなどの天然高分子や合成高分子の微細構造を広角X線回折法,透過電子顕微鏡など各種測定機器を用いて検討した結果を連載します。

<以下改訂中>
◆ N-TPIの企業・大学における研究・開発で一番重要な課題はN-TPIが折りたたみ鎖結晶を形成するかどうかでした。 企業の期待はN-TPIの分鎖は屈曲しにくいので溶融成型物が高強度・高弾性率を発揮するということだったでしょう。

◆ 筆者らは次の方法でN-TPIの透過電子顕微鏡(TEM)測定用の超薄膜を作成しました。
① N-TPI(平均分子量~28,000)の0.3%p-クロロフェノール/フェノール(重量比10/1)(150℃)を150℃のポリリン酸の表面にキャストする。
② 得られたN-TPIの超薄膜をカーボン膜を張った金属メッシュで救い上げて洗浄・乾燥し、355℃で1時間熱処理する。
③ 明視野像にコントラストをつけるためPt-Pdを真空蒸着する。

◆ 下図はN-TPIの超薄膜のTEM写真と電子線回折(ED)図です。

07-03-キャスト薄膜のTEM01-圧

07-04-キャスト薄膜のTEM02-圧

◆ 厚さが約13nmの板状結晶が全体として左斜め上方向に積層されています。ED図の赤道付近には(110)アーク(0.488nm)が現れています。(110)アークの方位角分布が広いのはEDを測定した際の制限視野絞り(直径1μm)内には配向性の異なる板状結晶が含まれているからです。このED図より分子鎖が板状結晶の長軸に垂直に配向しているからです。
 
◆ 用いたN-TPIの平均分子量は28,000、繰返し単位の分子量は562ですから重合度は約50であり、N-TPIの繊維周期を考慮すると分子鎖長は約125nmと評価されます。 一方、結晶の厚さは13nmですから上述の板状結晶は折りたたみ鎖結晶であると結論されます。

◆ N-TPIの化学式を見ると、分子鎖は芳香環にメタ位で結合しているエーテル基付近で曲がって長いループを形成すことは可能ですが、シャープに折り曲がることは想定できません。

◆ ここでN-TPIの合成過程を検証しましょう。もともと溶液中で合成されるのはN-TPI対応のポリアミド酸(PAA)です。PAAセグメントは屈曲可能ですから溶液中ではランダムコイル状であることは明らかです。PAA溶液を加熱するとほとんどのPAAセグメントがイミド化され板状のポリイミド結晶が析出します。この結晶はイミド化しないで残されたPAAセグメントの箇所で折れ曲がった折りたたみ鎖結晶です。したがってN-TPIには必ず一定量のPAAセグメントが残っているとするのが妥当です。このことはIRスペクトルでも確認しています。

◆ このようにして得られたN-TPIを再溶解して上記の方法で薄膜を作成した場合、結晶化の際にはN-TPIが含むPAAセグメントの箇所で折り曲がってTEM写真に見られる折りたたみ鎖結晶を形成すると説明できます。

◆ N-TPIを溶融後に急冷して作成した非結晶性の膜を355℃で1時間熱処理して結晶化させました。その表面のレプリカのTEM写真を下図に示します。

07-溶融成型膜-HT-圧

◆ 







ミクロラボΠSABAE TOSHISADA TAKAHASHI(高橋 利禎)
投稿日:2024年3月28日
改訂日:2024年月日


<以下改訂中>

◆ 新しい物質の研究を始めたとき最初に知りたいのは結晶構造です。結晶成長の異方性や変形した時の結晶軸や結晶面の配向状況の把握に必要であるからです。当時、既に結晶構造の研究グループがN-TPIの単位胞を特定していました。筆者らはN-TPIの結晶構造と高次構造との関係を明らかにすることです。

◆ N-TPIの結晶の単位胞は下記のとおりです。ポリエチレン(PE)と同様のタイプの斜方晶(α=β=γ=90°)です。ただし、PEでは
a-軸の長さ>b-軸の長さです。
   a=0.634nm、b=0.788nm、c=2.432nm(分子鎖軸)
<文献> 境谷ひさし,奥山健二,蟻川浩之,高分子学会予稿集,
        40, 1161(1991)

◆ 下図(左)は一軸延伸したN-TPI膜の広角X線回折(WAXD)図です。下図(右)は子午線上でストッパーに隠れている(001)アークと赤道上の回折強度が強すぎて分離して識別できない(hk0)アークを検出するためカメラ長を長くして測定したWAXD図です。

06-1WAXD図-圧

◆ 子午線付近と赤道付近に現れるアークについて説明します。
<子午線付近> N-TPIの繊維周期は2.432nmです。繊維周期である(001)面の面間隔が大であるため左図では対応するアークは中心の入射X線のストッパーに隠れて検知されませんが、右図では検知されています。 
 N-TPIの分子鎖は剛直であるためc-軸(分子鎖軸)の格子間隔の揺らぎが少なく、高次まで(00ℓ)アークが検知されています。
<赤道付近> (hk0)面の回折強度が強いので左図の低角側では各アークが識別できません。右図では低角側の2個のアークが識別できています。左右の図と原版を参照すると低角側より(110), (020), (120), (200)などの結晶面等に対応するアークが現れています。回折強度曲線を測定すると(110)アークが最強です。このことはN-TPIの芳香環を含む面が(110)、(1-10)面に近い角度で存在していることを示しています。(110)面の強度が高いということはN-TPIを変形した場合にこの面がすべり面となることを示しています。

◆ 下図は右図と左図やWAXD図の原版を参照して描いたWAXD図のモデル図です。回折強度はドットの数で定性的に示していますが正確には対応していません。
06-2-WAXDパターン-圧

◆ 赤道上、子午線上および層線上で検知された(hk0)面の面間隔と面指数を下表に示します。
06-4WAXD図面指数-圧
<参照>
 湯浅伸二、福井大学工学研究科(1989)修論

ミクロラボΠSABAE TOSHISADA TAKAHASHI(高橋 利禎)
投稿日:2024年3月25日
改訂日:2024年月日

<以下改訂中>
◆ 溶融状態より急冷して作成したN-TPIの非結晶性膜を熱処理し、分子鎖凝集状態の変化を広角X線回折(WAXD)法で検討しま。その結果を下図に示します。

イメージ 1

◆ 急冷試料(original)のWAXD曲線
[Ⅰ]2θ=20°付近に散漫な散乱ピークが現れています。急冷したN-TPIが非結晶性であることを示していますが、この散漫散乱から想定されるイメージは単純ではありません。
① ランダムコイル的な構造 ⇒ 柔軟なラーメンをかき混ぜたような構造
② 溶融状態でN-TPIの分子鎖は残存するポリアミド酸セグメント付近で折れ曲がることは可能であり、平板状の分子鎖が緩やかに曲がるような分子運動も可能である。
 急冷するとN-TPIの分子鎖は”side-by-side”で凝集していく。ただし急冷したためその凝集間隔が不規則となり、2Θ=20°付近に平均分子間距離に対応する散漫散乱か現れる。このような状態を想定するのが合理的である。
[Ⅱ]2θ=5.2°付近ににややブロードなピークが出現する点は興味深い。仮にBragg式を適用すると、このピークに対応する周期は1.70nmとなる。N-TPIの繊維周期の2.43nmより30%ほど短い。これは溶融状態で折れ曲がっていた分子鎖がそのまま固体に持ち込まれた結果である。熱処理温度が高くなって結晶化が進行するにつれて2.43nmに近づいていく。

◆ 熱処理試料のWAXD曲線
 ガラス転移温度(Tg=246℃)を越えると繊維周期に対応する回折ピークが現れて鋭くなっていく。また広角側にも数個の鋭い回折極大が現れるようになる。それぞれのピークに対応する面指数は次のとおりです。
    低角側より、(001)、(110)、(020)、(120)、(200)
なお、詳しくは次回の記事で説明します。

ミクロラボΠSAAE TOSHISADA TAKAHASHI(高橋 利禎)
投稿日:2024年3月23日
改訂日:2024年月日


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